空を見上げて

尖閣諸島を東京都が!!

 久しぶりにニュースで高揚しました。いつもニュースを見るに、怒ったり悲しかったりで、ネガティブな感情のことがほとんど(全部?)なのですが、今日は違った。

 尖閣諸島を石原さん(東京都ですね)が買ってくれるなんて。はぁ、その手があるのか!と素直に思いました。

 大体、油田開発といい、尖閣諸島といい、竹島といい、どうしてこんなに日本は無策なのか、そしてそれに関してマスコミは左傾化報道が多いのか、、、報道見てて、一体ここはどこの国なんだろうか?と腹が立つやら悲しいやらが日常でした、それだけにうれしい。

 しかし、日本の今までの無策も、改めてまとめて見るとまあ呆れるのですが、中国人が350億ともいわれる莫大な額で購入のオファーを出していたとかいないとか。ある意味さすがですね。

 日本の国土を、周辺埋蔵資源が莫大だと分かった時から、強引に荒唐無稽な領有権を主張しはじめた中国。しかも主張ばかりか違法な領海侵犯を繰り返しているのに、それに対して何もしない日本。

 もうこれだけで、悪い冗談かと思ってしまうのですが、さらに今回の報道でも「自治体が買うのは筋違い」、云々のマスコミ報道が目を引くわけで。。。どうしてそうなるのか、どうしてそういう報道が出てくるのか、まったく私には理解できません。意味が分からない。

 泥棒の方を持つのか。強盗に対して、刺激しないように、って援護するのか。全くわかりません。

 このような日本では絶対にいけない。消費税増税なんかの時には、これもか!ってネガティブベースのシミュレーションなんかしょっちゅう報道してるんだから、この埋蔵資源が国に与える経済的好影響なんかこそ、シミュレーションして報道すればいいのに。

 この「価値」をきちんと伝えずに、泥棒強盗の立場でばかり報道するなんぞ、ほんと、一体、はぁ。

 愚痴ってばかりいても仕方ないですね。このような中だからこそ、この取り組みはうれしい。絶対に成功させてほしい。

 そしてこの取組、この姿勢、そしてこの価値が国、そして国民の姿勢に一石を投じ、日本を変える端緒になってほしい。

 それくらいインパクトがあるような気がします。

yamato2008_blogyamato2008_blog  at 00:29  |  この記事をクリップ! 

東京マラソン備忘録 その2

tokyo10_3 前回の記事の続き、いよいよ後半戦です。

 楽しかった前半戦に続き、
 ひたすら苦しい後半戦でした。




●応援に励まされ頑張る
 さて、中間地点過ぎの銀座から浅草地点にさしかかります。しんどくて足も痛くて先も長くて、、、、という現実が改めて認識されて、ちょっとテンション落ち気味です。

 でもそんな中、兎に角応援応援の列がすごいのです。聞きしにまさる沿道の応援の皆さんの大行列。

 まさに東京が一つになる日、という感じです。

 折角なので、私もこの応援のパワーをもらわないと。そう思ってしばらくは沿道のすぐ脇にコースを取りました。そして、ノリノリの応援の人や、子供たちを見つけて、そんな人たちとハイタッチして走りつづけました。

 そしたら徐々に気分も盛り上がってきた。ネガティブな感覚もひとまず忘れさせてくれます。ちょうど銀座から浅草の区間、そして浅草寺で折り返し、このあたり、人垣は一層増していました。

 本当に応援はありがたいかぎりでした。そして応援している人も楽しそうで、盛り上がっていました。こっちもつられて徐々にテンションやや回復。

 この地点、銀座を過ぎ、浅草の何列もの人垣の向こうに、突然浅草寺の雷門が出てきました。存在感のあるその姿に「おぉ」と思います。雷門って、俺、来たことあったっけ?あんまり記憶にないなあ、など改めて感じたり。

 ただ、景色を堪能し、気持ちよく走るには、ちょっと実力が足らないようです。応援にパワーをもらっているのですが、基本はアップアップ、しんどい状態が続きます。このあたり、ほんと足も痛くて。

 そして浅草寺の雷門の目前を右折すると、スカイツリーが目の前に広がった、、らしいのですが(確かに後でTVとかで見ててもその景色だったのですが)残念ながら私の記憶にスカイツリーの姿はなし。

 そこは、ひたすら前の人の背中見て、足の痛みに耐えながら集中して走ってました。スカイツリーを見てれば、ちょっと嬉しかったろうに。やや残念です。

●出来ない計算
 思い返すと、このあたりが一番気持ちがきつかったですね。

 大体半分くらいで、体は疲れて辛くなります。ただ、ゴールが近づいて、残り距離が一桁キロになると、「最後のひと踏ん張り!」と気合も入ってきます。

 しかし、このあたりは未だ半分、残り距離も20kmくらいあるのです。その分、まだまだ気持ちがしんどい。

 私はGPS腕時計のガーミンをして走っていて、1kmごとのペースが分かるのですが、それによると、しんどいなりにここまでは、大体1km6分半から7分過ぎのペースを刻んでいるようです。

 さて、このペースだとどのくらいのタイムでゴールできるんだろう?なんか途中でトイレとかもあって、タイム感覚が分からなくなってたので、ちょっと考えてみようとします。

 ただ、頭が回らないんですよねぇ。フルマラソンの途中は、いつもそうなる傾向にあるのですが、数字の計算は、ほんとに、笑うくらいに出来なくなります。

 基本的な、足し算と掛け算が全然できないこの状態。この時も、「今は大体27キロ地点くらい、残りを1キロ7分で行くと、ゴールタイムはどうなるんだろ?」って、と計算しようとするのですが、これがパッとできなくて、何度も何度も繰り返し。

 何度も計算し直しながら、出る答えが毎度違う。笑ってしまいます。

 何でしょうね、脳にエネルギーが回らないのか、計算に神経がいかないのか、どっちもですかね。毎回笑ってしまうほど、計算に手間取ります。

 この状況で何度も繰り返した計算結果では、5時間切るのは不可能、という結果になってしまい、これにやや落胆してしまいました。

 「5時間は切りたかったなあ、嗚呼トイレ...あの10分痛すぎた・・」としばらく残念がっていましたが、後悔しても仕方ないので、前向いて、精一杯走っていきます。

 そうこうしている内に30km通過。折角の切れ目!?だし、このあたり脳も疲れて、気持ちも中だるみ状態なこともあって、再度ゴールタイムについて考えます。

 と、計算しなおしてみると(これも何回もやり直しつつ)この時に「なんだ、1キロ7分で行けば4時間50分くらいじゃん」と正しい結論に気づきました。

 ん?さっき何をどう間違ったんだろう?、まあいいや、なんか4時間台の可能性はまだありそうです。

 「ということは要するに残り10kmちょいを70分。練習でバテバテの時のペースじゃないか。なんとかなるかも!?」と、回ってない頭で考えました。

 それで何だか光が見えた感じ。残りのキロ数も少なくなってきたし、気持ちにムチが入りました。

 「よし、4時間50分狙うぞ、あわよくば自己ベストの4時間40分切りだ!!」と気合の入れ直し。

 とまあ、そうこのとき思ったんですが、自己ベストなど逆立ちしてもダメな目標だったことをあとで理解しました。それはもちろん、このときはよく分かってません。。。

●辛かった浅草〜豊洲
 さて、気合を入れ直した状態であと10km、この決意で最後まで走れたのですが、この決意で走り切った残り距離、体はとても辛かった。

 切れたスタミナと、重い体、痛い左足の甲、固まって重りのような左脚。彼らを引き連れてるので、ひたすら集中して集中して走らないとペースは維持できないのです。ちょっとでも油断すると、すぐにドーンとペースが落ちてしまう。

 でも5時間は絶対切りたい。「これ以降このペースを守って5時間を切る」それしか考えないというか考えられない。

 というわけで、最後の10kmは、沿道の応援にもあんまり応えられませんでした。今思い返すと、これはかなり心残りです。

 このあたり「私設エイド」もとてもたくさん出ていて、ランナーをサポートしています。みなさん様々に工夫を凝らし、ランナーをサポートしています。

 コーラにお汁粉、おにぎりにチョコレート、手作りお菓子にビール!?、施設エイドは本当に魅力的。

 ビール!?ってのはちょっと笑ってしまったけど、惹かれるものがたくさんありました。

 でも私はエイドより5時間切り。この頃は応援にもエイドにもこたえる余裕がなく、キロ7キロ7、と呪文のように念じながら走ってました。

 もったいなかったなぁ。ほんと、もったいなかった。

 次はもうちょっと力つけて、もうちょっと余裕もって、で、ちょっと仮装して、参加したい。今はそう感じたりします。

●何とか最後のひとふんばり
 なんとか35km地点までやってきました。よりによってこのあたりから、今度はコースにアップダウンが出てきます。

 歩いてるランナーも多く、ここは「心臓破りの難所」と事前には言われていました。

 ただ、私には言われてるほどここはダメージにはならなかったかな。確かに上りは厄介でペースは落ちましたが、基本の状態が辛いので、もう誤差の範囲。

 また、この上り下りのいくつかの橋の地点は、応援も途切れがちと言われていましたが、何の何の、まったく応援も途切れませんでした。ただ有難いんだけど応えられません。

 ごめんなさい、余裕ないんです、1ミリも。。愛想のないこと...せっかく応援してくれるのにほんと申し訳ない、と、心の中で謝りながら走ります。

 周りを見ると、このあたり、歩いてる人も多い。でも私は歩けない。歩くと5時間超えちゃう。5時間以内、そして歩かず走りきる、という自分ルールは絶対守りたい。

 そういえば38km地点には私の職場があるんでした。応援に行くかも、なんて何人か言ってたけど、全然見つける余裕もないし、まあ分からんだろうな。

 案の定、知り合いの応援は見つけられなかったけど、見慣れた景色で、土地勘もある中、何とか進みます。

 残りのキロ数が一桁になると、辛いんだけど気持ち的には俄然、楽になります。残りは10キロ!とか5キロ!!とか思うと距離の想像がつきますからね。それは力になります。

 38kmの豊洲を過ぎると次は有明です。もうここまで来ると、残りも5km切ってます。もうやけくそ!?で走れます。つぶれて完走できない心配もなくなります。

 そういう意味でますます気持ちは楽。

 ただ、体はますます言うことを聞いてくれません。気合いだけで動かない体を動かしてるという感じでしょうか。ガソリンが空っぽの車を無理やり動かしている感じ。どんなに気合をかけても空回り。

 相変わらず仮装ランナーには応援が集中していますが、大きな仮装をしている人たちはさすがに相当辛そうです。ただでさえ40km地点ですからね。

 ここで、全長2m以上はありそうなの十字架を背負って、イエス様の仮装で、裸足で走ってる人を抜きました。この人どうやってここまで来たんだろ。凄いな。

●いよいよゴール
 さて、残りはもうほんとに僅か、最後です。

 思えば後半は、きついきついと感じながらも、なんとかぺースを維持できてるようです。
 
 それはなかなか自己満足でした。4時間台大丈夫そうだな、それも自己満足。あと、歩いてないぞ。この自分ルールも守れそうだ。

 さてさて、いよいよゴール目前。そういえば、有明地点に家族がいるかもって言ってたな。でも凄い応援の人。

 さてさて、どこかにいるかもなぁ、と思ってたら、ゴールの1km前くらいに見つけることができました。よかった。見つけられて。試験勉強の合間に、何とか出てきたんだな。勉強は大丈夫!??。

 さあ、いよいよゴールゲートが見えてきました。もうここまで来たら安堵感のみ。体のきつさは感じません。ラストスパートといきたいところですが気持ちだけ。もう残り体力なし。動かない。ガソリンない。

 最後の直線で感無量。ああよかった、壊れないでここまでこれた。
 先週まで壊れてた脚も、途中はちょっと悩ませてくれたけど、最後まで持ってくれました。ありがとう。

 最後まで来たら、何だかもったいない感じもします。東京マラソン終わっちゃうんだなぁ、と少し残念です。

 そしてそして遂にゴール。しんどかったなぁ。何とか4時間50分だ。よかったよかった。とりあえず目標達成。

 ホントに楽しくてしんどい42.195kmでした。

 やっぱり東京マラソンは凄い。ゴールの周りでは泣いてる人、電話してる人、写真撮ってる人、みんな晴れやかです。

 よし、絶対次もでる。次はもうちょっと堪能できるくらい準備して出る。くじ運つけとかなきゃ。あ、もちろん練習も。

 走れてよかったなぁ。いろいろ経験できて、いろいろ感じることができた。収穫たくさんでした。

 来年と言わず、次また出れたら、1時間くらい記録縮めたいですね。でもそしたら道中また辛そうだな。記録は30分くらい縮めて、楽しんで走るのがいいかもしれない。


 ずいぶん長くなってしまいましたが、そんな皮算用をしながら、思いつくまま思い出すがままの、備忘録を終わりにします。

 おかしいなぁ、道中無茶苦茶辛かったはずななのに、ああ楽しかった、としか思えない。ほんと、毎回これもマラソン大会の不思議です。

yamato2008_blogyamato2008_blog  at 23:09  |  この記事をクリップ! マラソンランナー | 心を見つめる 

東京マラソン備忘録 その1

tokyo6_2 出場してきました。東京マラソン。

 折角当選して、折角完走したのだから、備忘録兼ねて残しておきたいなと思い、久しぶりのブログ更新です。思い出すがままに徒然に書くので、いつもにもまして乱文雑文ですが。。

 とにかく東京マラソン、昨年運よく難関の抽選を突破した時から、この日を意識してきました。倍率10倍をくぐり抜けた折角のこの機会、外れた人の分まで、しっかり準備して、きちんと走ろう、と、意気込んでいました。

 今までもブログにちょくちょく書いていたように、マラソン全くの初心者というわけでもないですし、フルマラソンは3回目で、イメージすることもできます。この日はしっかり走ろうと、半年計画、こつこつ準備してました。

●まさかの故障もありました
 年末11月にもフルマラソンを完走し、年明けくらいまで至って順調でした。

 しかしながら好事魔多し、年明けにまさかの故障をしてしまいました。1月の極寒の深夜、調子がいいに任せて、ろくに準備体操も整理体操もしないで連日で走りこんだら、故障してしまいました。

 故障してしまうと、治療にかかりながら、だましだまし、ちょっと走っては足と会話の繰り返しになります。結局それからは充分に走れず、どこまで走れるか未知数な状況でこの日を迎えることになってしまいました。

 今思うに、意気込み過ぎが悪かった。。。過ぎたるは及ばざるより悪し。そういうものだよなぁ。

 好調と思った時が危ない。
 過信はろくなことがない。
 あと、運動前後のストレッチはとても大事。
 やばいと思ったら無理しないほうがいい。
 そしてそして、もう若くない。

 などなど、色々教えてもらった故障でした。

 ただ、故障抱えながらも、色々と治療に取り組み、暇さえあればストレッチ等もして、改善に努めました。同時に、だましだまし時々練習もしながら、ぎりぎりで「誤魔化せる」状態まで改善したと思います。

 1ヶ月以上、歩くのも痛かったことを考えれば上出来です。ただ症状が相当悪い時も、本人としては、何の根拠もなく治るとしか思ってませんでした。その思い込みがよかった面もあるかもしれません。

(そのせいで、練習しては悪化させたという説もありますが。。そしてその繰り返しに周囲はやや呆れ気味だった気もしますが。。)

●高揚してスタートラインへ
 当日は、とにかくもう朝からワクワクしっぱなし。前々日の有明国際展示場でのエントリーの時からもうワクワクでした。とにかくレースは高揚するものがあります。何なんでしょうね。しかも今回は何と言っても東京マラソンですのでなおさらです。

 朝電車で都庁に向かっている間も、荷物預けたりの手続きの間も、スタートラインで待ってる間も、ただただ楽しかった。痛い足も、まあよく考えてみれば結構痛かったと思うんですが、その時はもう全然気になってません。

 楽しすぎて、張り切って1時間も前からスタートラインに並んで、スタートブロック内の好位置をキープ。ただ結果として、1時間以上も朝8時の冷え込みの中立ってたので、心はワクワクも、体はちょっと冷えてしまいました。

 で、スタートラインで1時間近く並んで、そしていよいよスタート時間。高らかに号砲が鳴りました。

 ただ、号砲は聞こえるも、後方からのスタートの私は、なかなか動き出しませんね。そりゃそうだ。何といっても、3万人以上の行列なわけですし。

 10分過ぎから徐々に徐々に動き始めた流れに乗って、やっとスタートラインに到着。スタートゲートの石原都知事に全力で手を振ったのは号砲から20分弱過ぎたタイミングでした。

 いよいよ、私の東京マラソンもスタートしてしまいました。

 スタートしてからも楽しい、とにかく楽しい。ただ、調子に乗り過ぎてはいけません。コースは、聞いていた通り序盤は下り坂でとても走りやすいです。ただ、逆を言うと調子にのってオーバーペースになりやすい。ここでスピード出し過ぎてはいけないのです。

 どこまでもどこへ行っても凄い応援の人たち、凄いたくさんのランナー、都心のど真ん中を走ってる、この状況ははどうにも楽しくて高揚しつつ走ります。

 景色を見てて、ああ、カメラか携帯持っててもよかったなぁ、など、と浮かれながらの序盤です。

●調子よかったなあ、15kmまでは
 スタートしてから15キロは本当に調子よかった。1週間前には5kmも走れなかった状態が嘘みたいです。アドレナリン満タンのせいか、非常に体が軽い。勝手にスピードが出る感じです。

 ただ、忘れちゃいけないのです。今日はフルマラソンです。ゴールは42.195km先です。潤沢に走れる力など未だ未だない私としては、ここで調子に乗っては絶対にいけません。それは過去2回のフルマラソンで学習したつもり。

 それくらいの冷静さは何とか持ち合わせていたので、とにかく慌てない慌てない、冷静に冷静に、温存温存、と自分に言い聞かせながら走ります。

 応援は本当に力になるんですが、特に仮装ランナーへの声援がすごい。そりゃ声かけやすいですもんね。やはり応援してもらいやすい服装って大事だな。

 応援もらい続けてうらやましい。次は私もなんかやりたいなあ、などと思ったりします。

●行ってしまってた川内選手
 そんなこんなで10km通過。このあたり、田町に出てからトップランナーとのすれ違い区間となります。折り返してきた先頭の一流ランナーとしばらくすれ違うことが出来るのです。

 この「すれ違い区間」は走る前からホントに楽しみでした。ぜひとも、川内さんを絶対応援するぞ!と張り切っていたものでした....

 しかし、、、私が通過するころには、川内さんはじめ先頭の選手たちはもう通過していたようでした。ああ残念無念。私はすれ違いのランナーたちを見て、最初きょとんとしてしまいました。まさかもう通過しているとは。。。想定外。

 ただ、先頭ではなくとも、先頭に続く第三集団くらいとはすれ違えたようでした。やっぱりそのあたりの人たちは早い、とにかく早い、早い人は美しい。半端ではないスピードで駆け抜けていきます。

 さて私ですが、品川手前くらいでしょうか、15km手前くらいで、芸能人ランナーとやたらと遭遇しました。春日さんや水卜アナといったヒルナンデスチームにAKBさん、ニッポン放送のアナウンサー。

 芸能人ランナーはテレビカメラが横についているからすぐわかります。カメラ担いで走ってる人、大変そうです。彼らは交代するんだろうか?折角なので、抜かすタイミングでエールを送りながら通過しました。

 そうこうしているうちに品川折り返しが来ました。15km地点。新宿から飯田橋、皇居を折れて、田町から品川、と来たわけですね。とにかくずっと、応援が途切れない。見慣れたはずの都心もまったく風景が違います、本当に楽しい。

●トイレの誤算
 ただここで、微妙な違和感がどんどん成長してきてしまいました。ああ、スタートラインで浮かれてたのはほんと失敗でした。

 トイレ。。。。

 このあたりでどうにも我慢できなくて、途中ポイントのトイレに並びました。17km地点。マラソンコースはずっと、一定間隔、途中途中で簡易トイレがきちんと設置されているのです。ただ、どのトイレポイントもかなり人が並んでいました。

 ここのトイレポイントは結構人が少なそうなので、観念して並んだのですが、並んでみるとまったく進みません。

 あまりの進まなさに、やっぱり走り出そうかな、などと悩んだんですが、走ったってトイレが解決するわけもなし、やっぱり観念して、並びました。結局10分以上くらいかな、並んでいました。

 で、やっとこさトイレを終了させて走り出すも、そしたらまあ体も冷えて、ペースも戻らない。まあトイレのせいというか、練習不足の影響ですね。ここで最初のスタミナが切れていたんでしょう。

 そして、いったんリズムが切れてしまうと、さっきまでとは打って変わって、しんどい。急に体が重く、とても辛く感じるようになってしまいました。

●あれ、疲れてきたぞの銀座浅草
 きつくなるのはもちろん最初から覚悟の上ではあります、だってフルマラソンですから。当然わかってたはずなんですが、まあしんどいです。なんとかリズムを再構築しないと。

 ああ、はじまったな、とう感じではあるのですが、でもちょっと早いなあ。

 25km、少なくとも中間点くらいまで楽に行ければ、それからずいぶん違うんですけどね。当初計画としては、そのつもりだったんですが、そううまくはいきませんね。

 しかも、疲れてきたから分かるのか、興奮が冷めてきたから感じるのか、痛めてた故障箇所の坐骨神経痛も微妙に主張し始め、さらにこれに加えて左足の甲が痛い。坐骨のほうは想定の範囲内なんだけど、足の甲はこれは非常に嫌な痛み。
 
 おかしいなぁ、今までこんなとこ痛くなったことないんだけどなぁ。

 足首をテーピングし過ぎたのが原因か、坐骨神経痛をかばってるのが原因か。こりゃこれが悪化すると相当面倒だぞ、と、非常に不安になります。

 まあ集中してい行くしかない。リズムは途切れたけど、まだ何とかスタミナは残っている感じです。体は動かそうとすれば動きます。

 で、そうこうしているうちに20km地点の銀座から浅草へ。

 やっと半分通過です。やっぱり足が痛いし、結構スタミナも枯渇。改めて長い旅路を実感し、いやこりゃ大変だなあ、と半ば諦めつつ、残った距離の困難さを実感し、やや茫然とします。

 こうなることはレース前に分かってるはずなんですけどね。分かってるはずなのに、レース前は楽しいばかりなのです。毎回そうなのですが、不思議なものです。

 そしてレース中はこの苦しみが来たことに気づき、そしてそれとひたすら格闘するのです。そう考えると何だかおかしくなって来たりもします。まあ可笑しがってるうちは、まだちょっと余裕があったんですかね。

 長くなったので、以降「その2」に続きます。


yamato2008_blogyamato2008_blog  at 23:28  |  この記事をクリップ! マラソンランナー | 心を見つめる 

帰省で墓参り


残暑が厳しいですね。この週末は、お盆の墓参りもあり、恒例の帰省を行いました。

今年は、色々と実家も忙しく、頻繁に行っていた墓参りもなかなかおぼつかないようです。
真夏の猛暑もあいまって、お墓にお供えするの御花などにも色々気をつかってるようでした。

確かに、暑すぎますね。それでも西日本は、冷房の効きが首都圏と全然違うことを実感しきりでしたが。

さて墓参り。今年中学生になった長女と、3年生になった弟と、彼らも神妙に手を合わせます。

父に、彼らの顔を見せてあげられなかったことはちょっと残念な気もします。
考えてみると、もう十三回忌も過ぎたんですね。本当に月日の経つのは早いものです。

人生などあっと言う間かもしれない、と、こういう時にしみじみと感じます。


yamato2008_blogyamato2008_blog  at 17:09  |  この記事をクリップ! 子育て真っ最中  

節電の夏

 世の中節電の取り組みが大変な夏ですね。

 私の勤める会社も例に漏れず、節電節電と取り組みを色々と行っています。普通のオフィスビルなので、空調や照明、勤務形態などで対処をしていますが、製造業ではないので、工場云々といった難しさはないですね。本当に製造業の方々は大変そうです。

 製造業の困難さ、外国への企業拠点の移動など直接的な問題もさることながら、国策に柱がなく右往左往する政治の様を見るにつけ、現政権、そして日本の行く末そのものに、大きな危機感を感じてしまいます。

 資源や環境の面から考えると、意識として節電はいいことだと思いますし、当たり前と我々が感じてしまっている現代社会の在り方についても、国民一人一人が考えるのもいいことだと感じます。

 そういう面もありますが、やはり現在日本は大変厳しい状況ですし、復興を支えねばならない政治経済は、本当に袋小路です。

 国民一人一人の意識が生まれ変わり、これを生みの苦しみとして、より発展できる日本へと変遷する時期とせねばいけないと日々思います。

 そのために、まずは自分も変わろうと日々思うところです。


yamato2008_blogyamato2008_blog  at 23:22  |  この記事をクリップ! がんばれ日本  

自衛隊の復興支援

 長渕剛さんの自衛隊への慰問が報道されていました。極限での作業が続いているであろう自衛隊の皆さんのことが取り上げられて、とても嬉しかった。

 TVや新聞、各局で温度差はあれど、かなりのメディアでも取り上げられていました。本当に感謝感謝ですね。もっと取り上げられればいいのに、と思いつつ昨日はニュースなど見てました。

 自衛隊もそうですが、米軍の活動についての報道についても、取り上げられ方が少ないのが気になった時期もありました。仙台空港を一気に復旧させたのは、さすが米軍ならではでした。自衛隊の皆さんの対応を見て、米軍も本気になった旨の報道もされていました。

 有難い限りです。そして、日米同盟の大切さを再認識です。

 また、パラシュート部隊や、放射能対応などの特殊部隊、そして何より空母は、日本にも是非装備してほしいものです。もちろん防衛の観点でも必須と言える状況ですが、何よりもこういう災害に対しても絶大な効力を発揮します。

 今回で地震が終わるはずもありません。日本は地震列島であり、関東大震災や南海、東南海の地震も周期的なことから考えると、対策は必至です。検討はすぐ開始せねばならないと思います。

 報道に戻ると、さすがに今回は、自衛隊の活躍にマスコミも感謝含めて肯定的な報道がなされるようになってきましたね。嬉しいことです。

 一部のアレルギーや、全く本質的でない批判は、国を誤った方向に導いてしまうと思います。

 日本もこれを契機に、自衛隊の増強につき、防災面および外交・防衛面から正面切って議論し、正面からその役割と意義について認識せねばならないと思います。

 その面では、今回の「軍民一体」での復興支援は、その契機になっていくと良いですね。

yamato2008_blogyamato2008_blog  at 23:37  |  この記事をクリップ! がんばれ日本