2008年11月03日
福島出張、王城の護衛者
先月に福島へ出張に行った機会がありました。某省庁関連の出展イベントで、毎年恒例となっており、省庁さんの要望もあって断りきれず、出展することとなりました。のような経緯はさておき、このイベントは毎年開催県は、持ち回りとなっています。それで今年は福島県でした。
このイベントに付き合うようになってからずっと私は会社の窓口的な役割ですが、なかなか珍しい地域にも行けてそれはそれで有意義だったりもします。メンバも喜んでたりする向きもありますので、会社的な収支はさておき、まあよいかなと、思っています。沖縄、愛媛、石川、広島、岡山、鳥取、茨城、、、結構行ったものですね。順不同でいて、また、抜けもある気がしますが、結構積み重なってきました。
で、今年の福島。別にこれ、と言って楽しみのある県でもなく(福島の方ごめんなさい)、特に思うこともなく訪問して対処したのですが、夜行った居酒屋がちょっと面白かった。というのは、「ここの酒は会津の酒で、薩摩や長州の焼酎などは置いていません、お引き取りを...云々・・・薩奸などは・・・云々・・」のようなことが、メニューや店のそこここに書いてあったのです。
まあ、会津と長州と言えば、今だに甲子園でも話題になりますし、幕末もっとも激しい戦争だったことは間違いないでしょう。会津の幕府への「義」を貫いた姿勢については、時代には逆行したところもあったかもしれませんが、武士道の見事さを現す素晴らしい一面もあったかと思います。
司馬遼太郎の本が好きで、大学時代に読みふけり、たぶん出版のものは全部読み漁った時代がありました。その中で特に好きだったのが「峠」で、これも最終的には官軍と戦争して敗れた、長岡藩の河井継之助の物語でした。今回、この福島出張を契機に、会津藩について書かれた「王城の護衛者」を引っ張り出したくなり、今日読んでみたのでした。やはり感じるものがありますね。また会津に行ってみたくもなりました。
後世の今でも、何が善で何が悪などとても割り切れず、それぞれにそれぞれの大義名分があった時代だったかと思います。また、現代の日本は、その時代からまだ100年ちょっとしか経っていないことは何だか不思議に思います。
武士道については、よく山口修源氏も仰います。日本の歴史・文化・財産である武士道は、素晴らしい誇りですね。久しぶりに本を読み、この鮮烈な命を懸けた武士道に想い、憧れた大学の頃を思い出しました。と同時にまた、自らの体たらくを自戒しきりでした。
このイベントに付き合うようになってからずっと私は会社の窓口的な役割ですが、なかなか珍しい地域にも行けてそれはそれで有意義だったりもします。メンバも喜んでたりする向きもありますので、会社的な収支はさておき、まあよいかなと、思っています。沖縄、愛媛、石川、広島、岡山、鳥取、茨城、、、結構行ったものですね。順不同でいて、また、抜けもある気がしますが、結構積み重なってきました。
で、今年の福島。別にこれ、と言って楽しみのある県でもなく(福島の方ごめんなさい)、特に思うこともなく訪問して対処したのですが、夜行った居酒屋がちょっと面白かった。というのは、「ここの酒は会津の酒で、薩摩や長州の焼酎などは置いていません、お引き取りを...云々・・・薩奸などは・・・云々・・」のようなことが、メニューや店のそこここに書いてあったのです。
まあ、会津と長州と言えば、今だに甲子園でも話題になりますし、幕末もっとも激しい戦争だったことは間違いないでしょう。会津の幕府への「義」を貫いた姿勢については、時代には逆行したところもあったかもしれませんが、武士道の見事さを現す素晴らしい一面もあったかと思います。
司馬遼太郎の本が好きで、大学時代に読みふけり、たぶん出版のものは全部読み漁った時代がありました。その中で特に好きだったのが「峠」で、これも最終的には官軍と戦争して敗れた、長岡藩の河井継之助の物語でした。今回、この福島出張を契機に、会津藩について書かれた「王城の護衛者」を引っ張り出したくなり、今日読んでみたのでした。やはり感じるものがありますね。また会津に行ってみたくもなりました。
後世の今でも、何が善で何が悪などとても割り切れず、それぞれにそれぞれの大義名分があった時代だったかと思います。また、現代の日本は、その時代からまだ100年ちょっとしか経っていないことは何だか不思議に思います。
武士道については、よく山口修源氏も仰います。日本の歴史・文化・財産である武士道は、素晴らしい誇りですね。久しぶりに本を読み、この鮮烈な命を懸けた武士道に想い、憧れた大学の頃を思い出しました。と同時にまた、自らの体たらくを自戒しきりでした。
